マネキンの全て

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マネキンのすべて

マネキントレンド史

マネキン「21世紀へのトライアル」

佐藤昭年
日本ビジュアルマーチャンダイジング協会専務理事
ヴィスタコンバータ(株)代表

インスパイヤーと気


21世紀に向けて、さらに高く飛翔しようとするマネキン業界
/彫刻の森美術館にて撮影。「人とペガサス」カール・ミレス作

1990年代、欧米のVMD界に登場したコンセプトがある。それは「インスパイアー」。これは1970年代の「ファッシネーション」1980年代の「シェープ・アップ」とも異なったものだ。ファッシネーションは、ディスプレイによる魅了作用。シェープ・アップはエンタテインメントとエキサイツメントの劇場効果でお客の心を揺さぶるものだった。

さてこのインスパイアー、売場のMDとVMDシフトにより、お客自らの行動を誘う発想である。これまでにも増して、お客の身になって売場の空間を組み立てることで実現を図る。

これを東洋的な視点で見れば、ビジュアル・デザインが発する「気」の作用によるものといえる。「気配」、「空気」、 「活気」とも言い換えられる。「インスパイアー」は、洋の東西の希求テーマ、お客の店内回遊性促進にもつながっている。このことはバランスのよい経済の繁栄につながる「気分」や「景気」にも関わっている。

ビジュアルとクロス・ショッピング

現代のお客は時間節約志向が顕著。そのため買い物行動も迅速さを求め、スピードはサービスとも位置づけられる。好調に発展を遂げるアメリカのSPAの経営責任者は、ビジュアルはサービスと言い切っているくらいである。ビジュアルは、時代に応えた顧客満足度の要素であることの追認だ。

女性の社会進出、女性管理職の増加は、買い物行動そして売り場づくりにも絶え間ない変化を生じさせた。買い物が苦痛でないよう、商品が見つけやすくなるよう、店舖の運営やロジスティックスなどに関わる情報システムの構築が進む。ロー・コスト・オペレーションの領域連携である。

ビジュアル面では、プレゼンテーション・ツールの改善とプレゼンテーション・テクニックおよびスキルの開発が日々の課題だ。小売業は、これまでの業態の境界を越えた熾烈なクロス・コンペティションの状況にある。

その中で百貨店ではコア・ビジネスとして位置づけられている売り場は、化粧品、 アパレル、 アクセサリー、 靴、ホーム用品など。これらの売り場を心地よく回遊、クロス・ショッピング促進のためビジュアルな秘策が練られている。

オート・クチュールとマネキン


パリ・サントノール/ピエール・カルダンのブティックにみるマネキンによる演出。

マネキン界のリーディング・カンパニーの一つであるロンドンのA社でヨーロッパのVMDトピックスを聞き、パリのモンテーニュ街とサントノレ街を歩いた。1995年春、パリのオート・クチュールのショウ・ウインドーには、マネキンが一斉に登場、「磁気」を発していた。例年にない現象である。

マネキンによるプレゼンテーションの選択には、商品デザインとの関連があるだろう。加えてA社セールス・ディレクターとデザイナーの見解では、このようなマネキンに対する注目は、アドバタイジングとの共通性である。アイ・キャチャーとしてのパワーでは、人間ほど関心をもたれるものはない。それは新聞、雑誌、テレビなどで証明済みのもの。たしかに綿密に考えられたキャスティングやポーズは、一目瞭然すばやいメッセージが伝わり、送り手と受け手のコミュニケーションが適切迅速に果たせる。

小売業の変化とVMDの変化


パリ・モンテーニュ/シャネル・ブティックのマネキン人形。

インスパイアーのビジュアルは、メッセージがスピーディに伝わるよう計画される。お客が関心をもつ売り場や商品にアクセスしやすくするためのアイディアが練られる。そのためのプレゼンテーション・テクニックとプレゼンテーション・ツールは、体系的に開発されデータに基づき変更改善される。 小売業の歴史は、変化と革新の歴史である。いま改めて1957年に唱えられたハーバード・ビジネス・スクール教授のM.P.マクネアのマクネア理論が検証されるゆえんがある。特に低価格を武器に新規参入する新業態が徐々にアップ・グレードするという指摘は誤っていない。

マーケティングとマーチャンダイジング、そしてそのビジュアル表現もお客とビジュアルの専門家により移り変わってきた。幾たびかの不況、新しい競争相手の登場により、それぞれの時代それぞれの対応が機敏になされてきた。私たちはいまどこにいるのか。これからどこへ行くのか。人口動態、価値観、テクノロジーの変化。私たち自身の人生観、世界観の検証がいる。

インストールとビジュアライズ


マネキンのバックに写真を使ってデジタル処理し、生活シーンをリアルに演出。

視点を変えてみよう。ビジュアルの専門職能の変遷を検証して、その視角から私たちの取り組みを確かめてみよう。それぞれの時代に登場した職能、呼称の変化と役割は、必要と共にあるものだ。

記録によれば1970年代、アメリカの大型店は、ディスプレイ部がビジュアル・マーチャンダイジング部に次々と名称を変更した。理由は、担当する仕事が従来のディスプレイでは包みきれなくなったという現実が共通した。ビジュアルという観点からマーチャンダイジングとのつながり、ビジュアルとエンタテイメントの店内ファッション・ショウの構成演出など仕事は拡張する一方だった。

ビジュアルの効用を華やかに示したのは、かのブルーミングデールやメーシーだった。いま再建途上のブルーミングデールは、「オンリー・アット・ブルーミングデール」のコンセプトとビジュアル・プレゼンテーションで再び挑戦している。

このところビジュアル表現については、「インストール」、「ビジュアライザー」という概念とワークとが浮上している。インストールは、コンピュータ界でおなじみだ。VMD界では、ショウ・ウインドーやステージなどのために、デザインされたデザインに沿って商品を配置することだ。ビジュアライザーは、配置のような作業だけでなく、プランをデザインにして自ら空間でプレゼンテーションをする職能である。クラフト的に終始一貫して自身で制作することと異なり分業化を表す職能名だ。VMDの変化がうかがい知れる。

マネキン・パワーのA・B・C

アメリカの著名なVMDディレクターR・コルボーンは、VMD教育カリキュラムに関して、マネキンや什器などの選択・設計にふれている。そこではお客に対するメッセージの到達の手法を述べ、予算の関係でルックの選択を犠牲にしないよう指摘した。マネキンの歴史、業界事情、入手法、さらにはヘア・スタイル、メーク・アップにも言及。マネキンは非常に有力なセールスのツールという認識を示している。

マーチャンダイジングの表現にマッチしたマネキンは、お客をインスパイアーする力がある。これまで効用として指摘されてきたそのパワーをアルファベットのイニシアルで綴るとこうなる。アトラクティブのA、ビジュアルのB、クリアーのC、ドラマティックのD、エンタテイニングのE、ファショナブルのF。

クリエーターとプロデューサー


日本でヒットしたTVアニメが欧米でも人気に。ショーウインドウにパワーレンジャーの人形が登場。

マーケティング、MD、VMDがマネキンの役割を新しくした。VMD史を振り返れば、近年の顕著な例は1970年代末のアメリカの百貨店が舞台だ。当時破竹の勢いだったメーシー百貨店が、倉庫然とした売り場を時のVMDディレクター、ジョセフ・シシオにより刷新成功させたことが記憶にある。

たびたび話題になっているが、1979年4月29日のニューヨーク・タイムズ・マガジンは、特集「劇場のような百貨店」でアトラクティブになった売り場についてマネキンが著しく増加したことを引用している。その後ヒットしたミュージカル・シーンのポーズやスポーティなアクションのマネキンが登場し世界に普及。やがてデザイナー・ショップのデザイナーの個性やMDをシンボライズしたシンボリック・オブジェのマネキンが日本で開発され世界の注目を集めた。

そのクリエーションはさまざまだ。マーケティングやマーチャンダイジングの視点でプロデュースされたものも少なくない。

イギリスA社によるベスト・セラー人形のマネキン、アメリカP社による人気絵本のキャラクターのコミカルなマネキン、日本生まれで世界の人気キャラクター・マネキンなども視点を変えた発想だ。

Show、 Display、 Visual、 Visible、 Inspireと推移するプレゼンテーションのコンセプトに合わせてマネキンの機能も変わる。

無国籍と見られたものも多国籍と見なされるようになった。かつてニューヨーク5番街の高級店でスポット・ライトを浴びていたのは、それと分かる人種でハイ・ソサエティとクラスを表すマネキンだった。

いまや百花斉放、繚乱。さまざまにマーチャンダイジング、クリエーションされたマネキンは、一見、売り場の花そして売り場の華だが、VMDの端末機能をも担っている。