≪ 戻る | 目次 | 次へ ≫ |
『オシャレ魔女 ラブandベリー』は、株式会社セガによるカードゲーム方式のアーケードゲームである。アミューズメント施設において2004年から2008年まで稼働し、幼児から小学生低学年の女児を中心に母親たちをも巻き込む大ブームとなった。
そこで「オシャレワールド」などのイベント用に等身大のフィギュアが京屋に発注されたが、このキャラクター表現上には、リアルな3Dコンピュータグラフィックスで作製されているという特異点があり、平面上では疑似的ながらもフィギュア化が既に完成していた。そのため、その等身大フィギュア制作は、平面フィギュアを立体フィギュア化するという難しい課題となった。
コンピュータグラフィックスにより開発されたラブとベリーには、当然ながら詳細な3Dデータが存在し、そのデータを元にすれば立体化は比較的に容易かと関係者には思われた。
しかしその方法では、等身大での立体化でイメージ通りの造形とならない。まして人体造形となれば、平面で見て受ける印象はあくまでも単眼的な視覚によるものであるため、立体化には双眼的な距離感、視点移動に伴う形態認識、光源による陰影など、あらゆる視点と様々な条件を考慮しなければならない。
そこで、このイベント用フィギュア制作にあたっては、セガのデザイナーと原型作家が顔を合わせて粘土塑像を前にイメージの確認を綿密に行ないながら、試行錯誤を重ねていった。
3Dコンピュータグラフィックスで表現されたラブ(左)とベリー(右)
ドレスを着装したトルソタイプの展示「オシャレ魔女ラブandベリーオシャレワールド」2006年3月〜全国巡回
『オシャレ魔女 ラブandベリー』は、モニター上でTPOに合わせたキャラクターの着せ替えを行い、髪型や服装などのコーディネートをオシャレパワーとして採点するゲームである。
そのため母親とのコミュニケーションやファッション教育にも役立つ、とさえ好意的に支持された人気ゲームであっただけに、その実寸大フィギュア化には、若い主婦層の厳しい評価にもさらされることを想定しなければならなかった。
そこで服装は、設定上もっともゴージャスで女性の憧れとなるクラシックなパーティードレスとなり、装飾品はお姫様必須のティアラ、ネックレス、リボンなどに至るまで、全てをフィギュアに合わせオリジナルで制作することとなる。
これらはゲーム上の細かなデザイン設定を忠実に再現しなければならないため、デザイナーの厳密な指示のもと、全ては原型作家の管理によって作製された。トルソタイプであったこのフィギュアは、多くのイベント会場に来場したファンたちから好評をもって迎えられた。
その成果によって、次には当然のことながら、『ラブandベリー』は着せ替え人形である以上、着せ替え可能なマネキンタイプも制作されて、その活躍の場を広げて行くこととなる。
フィギュアとなったキャラクターの思わぬアングルから見た表情やしぐさなど、そのデザイナー自身はもとより、ゲームで馴染んだファンたちにとっても、それはとても嬉しい出会いとなったに違いない。
マネキンメーカーにとって、このように出荷点数がほんの数点と限られるフィギュア制作は、イレギュラーな業務となる。本来のマネキン制作と比較すれば、採算度外視ともいえる取り組みとなってしまうことが多い。
しかし自らの技術を活かせる新しい分野への挑戦として捉えられるケースには、各社とも敏感に対応している。この『オシャレ魔女 ラブandベリー』でも、京屋ではこの経験をもとに新しい子供マネキンを開発する手応えを得た。「アニメ顔マネキン」と呼ばれる新しいカテゴリーへの着手だった。
キャラクターとは、より多くの人々に好意を持って親しまれるシンボリックな造形要素が込められており、そのエッセンスはアニメに凝縮している。
キャラクターフィギュアの制作という挑戦により得ることのできたノウハウは、これからのマネキンにも大きな成果を生み出して行くこととなるだろう。
粘土塑像
粘土原型(髪はスカルプチャー)
マネキン応用タイプの提案
ドレスバリエーション
基本サイズ
小物セレクト
ドレス制作
2006年7月〜夏季限定「オシャレ魔女ラブandベリー湘南海岸特設SHOP」での展示
2006年7月〜夏季限定「オシャレ魔女ラブandベリー湘南海岸特設SHOP」での展示
マネキンタイプ粘土原型
「アニメ顔マネキン」という新たなカテゴリーを独自の開発姿勢で創出したのは、平和マネキンの原型作家たちだった。2004年に発表したアニメフェイスの子供マネキン『きゃらもあ2』が、「アニメ顔マネキン」としてマスコミにも多く取り上げられ、業界を超えて話題となり普及した。従来より、マネキンはあくまでも商品としての服を際立たせる二次的な存在であったが、今やマネキン独自のキャラクター性が求められるという局面を迎えている。
マネキンメーカーとして、リアルからアブストラクトなどオーソドックスなマネキン開発に力を注ぎながらも、同社には、原型作家それぞれへ自由な創造を奨励する開放的な独特の社風があった。
未だ経験の浅い新人原型作家はもちろんのこと、リーダーとなるベテランに至るまでも、多忙な合間を縫って、自らが時代の息吹と感じる造形へと取り組んで来た。1980年代から始まったそのような制作活動から、イラスト風、青春ドラマ風、アメリカンコミック
風、ギャル風など、様々なオリジナルマネキンが開発された。これらは当初から、売れる、流行るは考慮から外し、原型作家の好みに一任されていたという点が独自である。
もとより個性的なマネキンは主張が強いため、一般的には導入をためらわれがちだったが、ファッションの世界のみならず、ユーザーの消費嗜好が多様化する中で、親しみの持てるマネキンの着た服が欲しいという欲求が大人や子供に限らず湧き起こる時代となった。
たゆまず挑戦し続けた長年の試行錯誤が、「アニメ顔マネキン」の開発という成果を生み、花開かせた。
『オシャレ魔女ラブandベリー』制作後に開発された京屋の新たな子供マネキン
『オシャレ魔女ラブandベリー』制作後に開発された京屋の新たな子供マネキン
『オシャレ魔女ラブandベリー』制作後に開発された京屋の新たな子供マネキン
◆1985年から現在に至るまで綿々と開発され続けた平和マネキンのオリジナルキャラクターたち
このようにオリジナルマネキンを開発してきた平和マネキンへ、等身大フィギュア制作の依頼が殺到した。多くのアニメ、ゲームキャラからタレントに至るまで、様々なキャラクターへ取り組んだ。
これらの発注がマネキンメーカーへ集中するのは、マネキンで培った人体造形での作家的力量がなければ、キャラクターが等身大フィギュアとして成り立たないという根本的な理由がある。
そこで原型作家たちは、既にでき上がったキャラクターのイメージを保ち、細かな設定をクリアして、どこから見ても平面でのイメージ通りに見えるフィギュアを仕上げなければならない。
しかし立体となる以上、平面上で描画されないアングルなどにも全て正確な造形が必要となる。そのため造形作家は想像力をフル回転し、アニメの中からキャラクターを三次元へと立ち上げるという、再創造に取り組むこととなる。
そしてこの再創造によって、アニメキャラクターに凝縮されたシンボリックな造形要素のエッセンスは、マネキンの造形作家へと吸収され体得された。
このようなアニメとの新たなコラボレーションを礎として、さらなるオリジナルマネキンの開発が期待される。
アニメ『銀河鉄道999』メーテルの等身大フィギュア
©松本零士・東映アニメーション
アニメ『ワンピース』の等身大フィギュア
©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
アニメ『ワンピース』の等身大フィギュア
©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
アニメ『ワンピース』の等身大フィギュア
©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
アニメ『ワンピース』の等身大フィギュア
©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2000年代の若者文化をあらわすオリジナルマネキン
2004年、「アニメ顔マネキン」の先駆けとなった『きゃらもあ2』。細かなキャラクター設定のもとに開発されている
≪ 戻る | 目次 | 次へ ≫ |