マネキンの全て

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マネキンのすべて 続編1996年〜2000年

マネキンミュージアム

「原型作家」座談会

出席(五十音順)●飯島克俊/株式会社京屋 ●岡田茂樹/吉忠マネキン株式会社 ●崎田 潤/株式会社トーマネ ●戸崎雅人/株式会社平和マネキン ●中世古竜一/株式会社ローザ ●冨士崎充/株式会社七彩 ●室橋季之/株式会社アディスミューズ ●米徳健次/株式会社パールマネキン  司会 ●藤井秀雪/『マネキンのすべて 続編』 責任編集長 

二十一世紀の最先頭に立つ原型作家たち

[2009年10月22日/東京]

自在にマネキン人形の原型を作れるようになったら、こんなに面白い仕事はないんじゃないか?

藤井:それでは、ご出席の皆さんからお 一人づつ簡単な自己紹介をお願いします。

中世古:ローザの中世古と申します。会社に入ってまだ7年位の若輩者です。学生時はこの業界に全く興味がなく、マネキンの原型師という職も全く知らず大学に通ってました。大学を卒業された先輩の方から電話を頂き、「会社の見学に来ないか?」と言われ、そのまんま気づいたら4月から会社で働いていた状態です。

室橋:アディスミューズの室橋です。大学は彫刻科ですが4年間粘土をしてた訳でなく、1・2年生は粘土で塑像、3・4年生で溶接、金属加工でした。就職課で「マネキン会社はどうですか?」と言われ、あまり興味なかったんですけど、会社訪問で原型の現場を見ると、できそうにないなと思いながらも、もし自在にマネキン人形の原型を作れるようになったら、こんなに面白い仕事はないんじゃないかと予感しました。それから19年、この仕事をさせて頂いてます。

冨士崎:七彩の冨士崎です。僕はデザインから来ているので、彫刻のチョの字も知らずに入って来ました。大学のデザイン科は平面の表現で、すごくコンセプトを重視しているので、卒業制作で立体を作り、その流れで七彩を紹介されました。面接の時、師匠の加野さんの原型を見せて頂き、できるできないはともかくこの人に付いていけば、何か面白い事が絶対起こるだろうって感じで20年来てます。

米徳:パールマネキンの米徳です。私は異色の工業系人間で、化学を専攻しました。実は元々プラモデラーだったんですけど、大学を選ぶ時に理数系で勉強し真面目に働こうと思ったんです。そこからパールマネキンに就職となり、最初は営業枠で入ったので、アトリエへ辿り着くまでにかなり苦労したんですけど、夜な夜な勉強し、今ここまでになったという所です。

崎田:トーマネの崎田です。私は取りあえず人体造形が活かせる就職をしようという事でした。職歴は20年ほどですが、当初あまり興味がなかったものの、入ってみるとこれは大変な世界だと気付かされ、彫刻の世界と違って制約が非常に多く、その部分が逆に面白さに繋がっていきました。最初から師匠にも恵まれ、どんどん面白くなってきたという経緯です。

飯島:京屋の飯島です。私は彫刻科の塑像を専攻し、意匠彫刻をずーっと作ってたんです。子供の時から粘土で何か作るのが大好きで、粘土で人間を作るといったらマネキンしかないという事で、マネキン屋を当たり、たまたま京屋が拾ってくれたという事で入社し20年です。

戸崎:平和マネキンの戸崎です。僕も皆さんと同じで、就職までは全然マネキン原型作家という仕事を知らず、就職活動で初めて知りました。募集のあった平和マネキンのアトリエを見学した時、そこに『ジョン・ニッセン』(注:リアルマネキンを代表するブランドのひとつ/ベルギー)のオリジナルマネキンがポンと雑然としたアトリエに置いてあったんです。それをパッと見て、すごいなこれは、なんかやってみたいなーと初めて思いました。そのまんま入社して24年という事になります。

岡田:吉忠マネキンの岡田です。私は、大学に油絵描こうと思って入ったんですが、途中であまりにもヘタだと気付き方向転換した形です。彫刻科は人が少なかったですから、ここなら勝てるかも知れないと思ったのが切っ掛けです。会社に入ってからは、直接アトリエへ配属になったんですけど、すぐ上の先輩から数えて13年目だったんです。最終的にはみんな早くに辞めてしまいまして、10年目になると僕が最年長になっちゃいました。

藤井:さて、やはり一番気になるのは、どういうマネキンをどのような思いで作っておられるのか、過去15年間の代表的な作品を、それぞれご紹介ください。

室橋:(1)は最新作で、背面シャフトという機能を持ったマネキンです。当社の代表的なアブストラクト(注:抽象)マネキンです。(2)はあるブランドの特注品です。このブランドが大きくなるにつれ、私どものマネキン提供数もかなり出させて頂きました。それ以降、当社ではブランド特注マネキンが増えて来ましたが、その切っ掛けとして思い入れのある作品です。

戸崎:(1)は、コギャルブームの終わった2000年位に、女性のメークスタッフが「『109』(注:イチマルキュー/東京渋谷の若年女性向けファッションビル)に使えるようなギャルテイストを取り入れてるけど、普通の女の子が欲しい」としきりに言うので、やってみようかと思い作りました。このシリーズは、今でもよく使われてい て好評を頂いたので、続編・続々編も制作しています。(2)は2004年の「アニメ顔マネキン」です。通常、一人の原型作家が一つのシリーズを担当しますが、これは、オリジナルでアニメの顔をマネキンに取り入れるという企画を立てた者と、僕ともう一人の原型師で作りました。 この写真の2人を含め、計4人の子たちを担当しました。(3)はスポーツがテーマのマネキンですが、特定のスポーツのポーズではなくスポーツマインドそのものを表現するというコンセプトで制作しました。あらかじめ、リアルフェイス・エッグヘッド・ヘッドレスの3タイプが各ポーズに準備されており、追加の改造などをすることなくデザインの統一感が保てるように設定しています。(4)はイタリアの高級カジュアルブランドのために作ったマネキンがきっかけになって制作したリアルマネキンの最近の作です。(5)は最近、街中を見てて大人の女の人がカッコ良くなってるなー、なんとかマネキンにしたいなーと思ってシリーズ化したものです。

冨士崎:(1)は30本位作っているシリーズです。僕が作るものは、殆ど同じシリーズとして出してます。最初の切っ掛けは、今までの七彩色と違う色を出すため、僕が作る事になりました。たまたま「ユーロショップ」 (注:3年に1度ドイツのデュッセルドルフで開催される国際店舗設備・マーチャンダイジング専門見本市)に行き外国にかぶれてたので良い機会にスッと入れました。(2)は結構若い設定で、『イセタンガール』(注:東京新宿の百貨店における汎ファッションブランドの女性向けコンセプトフロア)で使って貰いました。従来の 加野さんや先輩が作る綺麗なマネキンよりちょっとバランスを崩して、身近な所も狙いつつ作ってます。3がカタログの写真です。(4)は去年出した同じシリーズで、一番最初のコンセプトだった大人っぽさをテーマにもう一回作ってみようという事で作りました。あまり紳士は好きじゃないんですけども、このシリーズに紳士5も必要だろうという事で作りました。

2001年『キャナルシティ博多』でのオープン時ディスプレイ

2001年『キャナルシティ博多』でのオープン時ディスプレイ

クライアントの要望を自分なりに解釈し、どの様に作家としての経験を踏まえて提案させて頂くか

崎田:(1)は2000年の展示会に発表したシリーズです。その時あまりアブストラクトはなかったのですが、抽象マネキンがトーマネの伝統だったので、インパクトのある作品をあえて制作しました。ヘアも非常にシュールで、口元はふわりと仕上げました。「ユーロショップ」に出展し、実績が残っています。2も伝統のアブストラクトで、東洋の柔らかで神秘的なイメージを醸し出すよう意識しています。(3)は2009年にリアルマネキンを徹底的に追求したシリー ズで、制作に多くの時間を掛けました。 『アデル・ルースティン』(注:リアルマネキンを代表するブランドのひとつ/イギリス)の西洋的なウインドーに対抗し、トーマネとしてどうVP(注:ビジュアル・プレゼンテーション)に特化したリアルマネキンを作るのかという事で、身長を少し高めにしてポーズバリエーションもできるだけ多くしました。3つのキャラクターの中で一番グラマラス系を担当し、同じキャラクターでも微妙に表情を変えたりしました。4も少し伏し目にして細部にわざとねじれを出したり、実験的に色々な事へ積極的に挑戦しました。(5)は2004年展示会でのメインディスプレイです。プロジェクターで投影されている風景の奥は空、手前は街を撮影したものです。時が流れゆく様を視覚でも感じられるように、空は青空から夕方へ変化していきます。(6)は同展示会ですが、もう少し親近感が持てるような展示です。この頃はカスタマイズ全盛の時代で、クライアントの要望を自分なりに解釈し、どの様に作家としての経験を踏まえて提案させて頂くか、キャッチボール的な思いを込めました。実際インパクトが強すぎたせいか中々市場には受け入れられなかったのですが、全ての顔を少し抽象にしてみると、什器的に使用されたり、アパレル以外で使用して頂いたりと思わぬ広がりを見せていきました。(7)・(8)は2010年に制作されたシリーズです。既存のキャラクターキッズマネキンとここ最近のキッズファッションの隆盛に伴い、よりファッショナブルなポーズや顔つきを意識して制作しました。好感の持てるキャラクター性を追求したこのシリーズは、フェースが脱着可能で臨機応変な対応が可能です。

飯島:(1)は昨年のシリーズです。最近はペアで男女を使う事がだんだんと増えて来ましたので、マネキンで、演出効果というかインパクトを狙った、イレギュラーポーズの多いシリーズです。(2)はウインドー映えを第一に考えたシリーズです。海外のマネキンは、ウインドーに入れた時すごく大きく見えますよね。その迫力ある効果を狙って、普段は9号サイズのマネキンを作ってるんですけれど、これはサイズを少し大き目に作りました。キャラクター数も16体ありますから、様々な組み合わせで、多彩なシチュエーションを演出できるように考えました。

米徳:昔は西洋に憧れて色々西洋人っぽいものを作っていたんですけど、最近の1のシリーズでは、ちょっと東洋的なテイストを足しながら、なおかつ背はすらっとした現代風な男の子を表現したいと思いました。(2)は演出空間が少なくても動きを出すという考えで作りました。小スペースの演出という事を考えながら作った細身のマネキンです。『109』ファッションが流行りだしたころ、ローライズというテーマで作った細身のヤングマネキンで、(3)はその2作目です。

室橋季之(アディスミューズ)

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戸崎雅人(平和マネキン)

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冨士崎充(七彩)

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中世古:1が3〜4年前、入社から7年の間に作らせて頂いた数少ないシリーズの一つです。当時、小・中学生のファッション雑誌やブランドさんが、モデルを起用し結構売れ行き好調だったので、それをターゲットに我が社もという話になり、初めてちゃんとしたマネキンを作らせて貰いました。ハードヘアとナチュラルヘアの2種類で、紳士もありますが、担当したのは女子だけです。全部で2ポーズ、髪の毛の長短2面です。その方が、クライアントの要望に添えて使い勝手が良いかなと考え作らせて貰い、(2)はハードヘアです。(3)(4)は珍しいタイプだと思うんですが、頭部のモニターにデータを入れ込んで、音楽、映像をお客さまに見て頂きながら、洋服を着てお客さまにアピールするという事で作りました形は抽象的にという事で、企画から制作まで、自社デザイン部との話し合いで監修を頂きました。発表は一年ほど前です。

岡田:(1)は、本年に発表したもので、うちには珍しいアブストラクトです。我々はリアルマネキンへ非常にこだわっていて、あまりアブストラクトは手掛けなかったんですが、ニーズがピークになり、今回はアブストラクトを開発しようという事で手掛けました。けれど世の中にあるアブストラクトのマネキンが、非常に無機質で無個性なものになってきている気がして、僕はそういうものを作るのに抵抗があり、会社には申し訳ないんですけど、売れなくて良いから今まで世の中にないものを作らせてくれという事で、このシリーズを打ち立てました。これは、今までのように既製の手先を付けるんじゃなくって、手先まで神経のいった、手先自体も顔もボディもオブジェとして使えればいいなという思いで作ってます。(2)は98年の作品です。これは、もう亡くなられたファッションイラストレーター矢島功さんとコラボレーションして、日本人のモデルを使い、できたものです。前年のシリーズでは、UKに行き『アデル・ルースティン』の西洋人を横に置いて、そっくりにマネキンを作るやり方をしてますから、どこから見ても非常に西洋色が濃くて、それをご覧になった矢島さんが「なんで日本人じゃダメなんだ」「日本人の方が綺麗だろう。日本人を表現しましょうよ」と言われたので、「じゃ手伝っ貰えますか?」という事で実現しました。この後に、日本人をポピュラー化しようとして頑張った時代があったんです。その中でも、いまだに西洋人のマネキンと同じように普通に出て行くのはこれ1シリーズですね。浴衣や水着の季節とかに、違和感なく普通に使って頂いている日本人のマネキンで す。これは矢島功さんに選んで貰った女の子を横に置いて、そっくりに作るというやり方をしてます。この間に、私の本当の代表的なシリーズがあるんですけれども、今回はあえてこの2つをクローズアップさせて貰いました。

崎田 潤(トーマネ)

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飯島克俊(京屋)

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米徳健次(パールマネキン)

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この市場を活性化するために、どんどん先行して、自分たちの新しい造形っていうものを提案していく

藤井:では、今回のテーマは大きく2つありまして、1つ目は、今日の国内市場におけるマネキンの現状をどうご覧になり、どのような思いでマネキン作りに関わって、作家の立場から今の市場の状況を体感されているでしょうか。2つ目に、そのような市場と環境の大きな変化の中で、マネキンの役割や存在意義がどのように変わって来ているとお考えでしょうか。またそこで、それぞれがお持ちである将来の抱負などもお願いします。

岡田:一番特徴的なのは、予算を掛けられないという事だと思うんですよ。たとえば、ヘッドレスやアブストラクトとか、ヘアもメークも不要、ただ置けば済むものが多くなってくるのは仕様がない事だと思います。特にヘッドレスはマネキンそのものが殆ど隠れてしまいますし、アブストラクトも、外の要望を聞いてるとどうしても無個性になってくると思います。例えば大きなデパートさんを見に行っても、どれがどこの会社のものでどれとどれが違う物なのか、僕らでも分からないような感じになってきてると思うんですね。けれどリアルとアブストラクトでは、アブストラクトの方がよっぽど自由な表現ができるんじゃないかなと思うんですよ。リアルだったら、目も鼻も口も作らなきゃいけない、指を5本作らなきゃいけないとか、制限がすごく多いんです。でもアブストラクトって、目を作らなくても作ってもいい。例えば顔も丸である必要って全然ないと思うんですよ。ただ、世の中の要望が『シュレッピー』(注:抽象マネキンの代名詞的ブランド/スイス)に集約してしまって、やはりどうしてもそこを前提に考えて消極的になってるんじゃないかなと。そこでこの市場を活性化するために、どんどん先行して、自分たちの新しい造形っていうものを提案していくべきだと思うんです。そして今の市場というのは無個性なだけに、作家次第で追い風になる可能性も、ものすごく大きいんじゃないかなと思ってます。僕の今年出したアブストラクトが、切っ掛けになってくれれば良いんじゃないかと。

室橋:その提案するという話ですけど、我々は常に四六時中マネキンの事ばかり考えてるわけです。クライアントは、やはり洋服のデザインとか売り場の事を常に考えているわけで、どうしてもマネキンの事は二の次になってくると思うんです。その辺の足りない部分を、常にマネキンについて考えている我々から、次々と新しい提案をしていく事が、お互いにとって非常に良い関係を築く事だと思っています。

崎田:今お二人がおっしゃった事、半分は分かる気がするのと、半分はやはりトレンドですよね。非常にセレクト的な感覚が全盛の中で、バランス感覚が問われるように感じるんです。その中で、やはり無個性だからあのアブストラクトの形態が商品も映えるし、ある程度自分を投影できる。今の世の中の流れとかアパレルの流行へ非常にマッチしていると思います。一昔前はヘッドレスが全盛で、商品を前面に押し出す商品主義です。そうすると画一化するという事で、やっぱり頭が付いて、スタイリングで多少工夫できる余地があると、そこで差別化を図れる。ヘッドレスマネキンで制約されてたポーズが、顔が付く事でニュアンスが入り、全然しぐさが変わってくるわけです。あと景気が低迷している今、スタイリング以前に、どういうコンセプトで作られているだとか、マネキン自体の内容など、パッと見だけじゃなくて違う次元で何か求められているような気もしてます。

顔がなくなったらマネキンとは何だ、単なるボディか、という所を自分たちが追求しなきゃいけない

冨士崎:僕も抽象はあまり好きじゃなくて、基本はリアルだと思ってます。『シュレッピー』にもそろそろ飽きて欲しい、というのもあるんですけれど、一般に抽象とかヘッドレスは無個性と言われますが、例えば抽象の顔にまつ毛を付ける、チークを入れる、カツラを被せる、また逆に、例えばリアルだけども抽象っぽい表現をする、それが次のこっち側からの提案のような気がします。抽象が全てダメじゃなくて、抽象のなかの広がりをどう見せるか。リアルの中で普通にメークしました、カツラ付けましたじゃなくて、違う見せ方をどんどん提案していく事が大事なのかなって、いつも思ってますね。

藤井:抽象っていう概念は、非常に深いと思ってます。省略化と抽象化とは本質的に全く違いますから。本当の意味の抽象マネキンというのが、これから、もしかしたら登場するのかも知れません。単に手間を省いて省略化するという意味での抽象ではなくて、本当にリアルと対峙できる抽象マネキンの存在感というのが、提案力と造形力によって生まれてくる。そういう時代が来ているんでしょうか?

中世古:ここ最近、やっぱり営業やお客さまのニーズでどうしても避けては通れなくて、抽象マネキンをいくつか作ったんです。すでに抽象は市場に出過ぎるくらいに出ていると思うんですが、それでもお客さまが「あそこがやってるからウチも」みたいな感じでどんどん増えていってるのかなと。だから、どこか別のブランドさんの違う展開や表現が出てくると、多分お客さまのニーズ自体も変わってくる、そこに上手く私たちが提案できたら少し違ってくるのかなと思ってます。

米徳:顔がなくなったらマネキンとは何だ、単なるボディか、という所を自分たちが追求しなきゃいけない。顔の表現を失った時に、手先の仕草や膝のちょっとした事でも、自分たちに何ができるのかを投げ掛けられていると思うんですね。抽象マネキンって、究極を言うと、服に対してハンガーの様な存在でしかないと私は理解していて、その中でどう差別化するかって言ったら、これはデザイン性の問題になってくると思うんですよ。リアルでの造形美だけでは表現し切れない、新しいデザイン力というジャンルを追求する事で、抽象の新しい表現も、また生まれてくると思うんです。

飯島:マネキンというのは、時代や流行を映し出すものだと思うんですよ。顔のないマネキンが流行るのも、今を映し出してるって思うんです。僕はこういうのあんまり好きじゃないんですが、顔の見えない世の中っていうか、顔のないマネキンの時代が長く続いて来たんで、先ほど冨士崎さんも言っておられましたけど、これからもうちょっと進んで新しいリアルなのか、新しい抽象なのか、何か新しい表情や仕草とか、もっと人間っぽさを入れて作りたいなって思ってます。

戸崎:難しいですよね、抽象。僕もどっちかというとリアル的な物の見方をする方なので、抽象を作る時にやっぱりリアルから考えてしまうんですよ。抽象化して人間の身体の内面を綺麗に見せるって感じで。けれど身近にいる抽象が得意な人を見てると、抽象で考えてますよね、ほんとに形から。抽象を作る時やっぱりその視点もないとダメだなってよく思います。そして最近お客さまから抽象を求められる事がすごく増えて、要求もどんどん高く『シュレッピー』に匹敵するくらいのものを、みたいに、納期も、クオリティーも、ポーズもと、それを全部聞こうとすれば振り回されてしまうんですが。そうして自分を見失うと、それで良いものができるかというと決してそうでなく、むしろ自分たちからこう作りたい、こう表現したいというのを見せた方が、「これの方が良いよね」っていう反応が帰ってくる事が多いと最近すごく感じるんです。市場環境は、やはりまだまだ向かい風だと思うんですけども、作家の立場から言うと、逆にそこから追い風に変えていける部分はあるんじゃないかって。自分たちのオリジナルを表現すれば、結局お客さまのためになるっていう。

やっぱりマネキンを演出したディスプレイって、見て楽しんでワクワクしてもらうためのものだと思う

藤井:実際、一般の店舗や百貨店などを見ますと、どこも同じような情景が目に飛び込んでくる。一頃だとマネキンでブランドを評価したり、売場のテーマに基づいた演出VPで差別化を図ろうとか、戦略的な課題がとられてましたけども、今は看板を外せば、どこの売場か全く分からないような状況さえ感じます。

中世古竜一(ローザ)

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岡田茂樹(吉忠マネキン)

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中世古:休日でもやはりマネキンやディスプレイが気になりますね。僕自身が感じる事は、それらに予算が掛けられないとかの問題が実際に出てきます。その中で、ディスプレイやウインドーが、華やかでも艶やかでもないのを見ると、自分もそうですが、一般の消費者も物を買う意欲に火が付かないですよ。やっぱりマネキンを演出したディスプレイって、見て楽しんでワクワクしてもらうためのものだと思うんです。予算を掛けないで、どれだけ華やかに艶やかに、皆さんの胸を潤わせられるかなって。

マネキンの持ってる力、そのインパクトと華やかさに、「うわ〜自分はこの仕事に少しでも携わってるんだ」

藤井:我々が実感した80年代の、すごい華やかできらびやかな時代を殆ど見ていない、最初からヘッドレスやボディの列が一般的だと錯覚しているような、特に若い人たちの視点から、マネキンというものはどう捉えられているでしょうか?

戸崎:入社して3年目くらいで何を見ても新鮮だった時期に、アメリカのアトランタに行かせて貰ったんです。夜にデパートのウインドーを見た時、そこに立ってたのが『アデル』だったと思うんですけど、「うわ〜、すごいな〜」って。照明がパカッときて華やかでカッコ良いわけですよ。多分凝ったディスプレイはなく、すっきり立ってただけだと思うんですけど。やっぱりマネキンの持ってる力、そのインパクトと華やかさに、「うわ〜自分はこの仕事に少しでも携わってるんだ」ってすごく実感したんです。けれど今、自分の周りにいる若い子たちを見ると、そういう経験があまりなくて、全然知らないし、見た事ないし。僕らが「こうカッコ良くしたい、あーカッコ良くしたい、ここはあーだよ、こうだよ」って口をすっぱくして言っても、自分の体験としてないから、こういうものを作りたいっていう思いが希薄ですよね。

新しいリアルなのか、抽象か分からないんですけど、とにかく新しいものを作っていきたいなと思ってます

藤井:『109』はどんな感じですか?

戸崎:『109』だとチープな使われ方してるかな〜。ただ、マネキンに『109』の服を着せてカッコ良く見せたいっていう意識はすごくあると思うんですよ。自分たちの投影としてマネキンを見てる感覚が、販売員の子たちにはあるんじゃないかな。例えば、帰ってきたマネキンを見ると、爪を勝手に塗ってたり、メークしたり、カツラいじったりしてますよね。ああいうのを見ると、すごい愛情持って自分たちの投影としてマネキンを見てるな〜って、伝わってきますよ。

飯島:若い人の方がリアルを好むような気がしますね。フィギュアとか、身近なんじゃないかなって感じがします。

室橋:『109』は、非常にテンションの高い所ですから、やっぱり自分で創意工夫して他店と差別化しないとついていけないっていうのが、お店の人にあると思う。

冨士崎:多分、でっかい着せ替え人形的なイメージで、みんな触ってますよね。さっきおっしゃってたように、髪の毛をいじる、額をもっと出すとか。下手すればひっくり返してでも面白い事をしようとする。あれって、『GIジョー』でポーズつけて遊んでる感覚に近いんだなって。マネキンが好きなんだって思って、いつもほほ笑ましく見てるんですけどね。

藤井:そういう関わりを求めれば、マネキンはリアルでないとね。

冨士崎:そうですね、だから絶対リアルはなくならないですね、市場的に言えば。

室橋:ただ『109』で言えば、リアルだけでなくヘッドレスでも、極端に鎖骨や腰骨を強調したものなどは、喜ばれる傾向があります。リアルとかヘッドレスとかいう括りではなくて、その店にマッチした、店員さんが心ときめくようなマネキンというのが、最終的には求められていると思います。

崎田:若い人がリアルが好きと感じる部分もあるんですけど、やはりそれも好き嫌いがはっきりしてるというか。ちょっとおしゃれなファッション誌を見てる若者たちは、逆にあまり主張しないで、個性がポーンと出てくる事を極端に嫌うようにも感じます。ただ先ほど出た店員さんの話のように、うちのメーキャッパーがカツラを作るよりもっときめ細かな作りをしたり、すごいなと思います。そういう所が、今の若い人の近視眼的というか、オタク的な感じが非常に反映されてるのかなって思います。好き嫌いが自分の中で明確になっている気がしますね。

岡田:マネキンって日本では普通、レンタルで出してますから、簡単に言えば低い予算で店のイメージをガラっと変えられるんですよ。昔みたいに林立している時代を知らない店員さんは、そうなるっていう事すら多分知らないんです。それ でも、髪の毛をいじったら変わるんだ、おデコ出したら可愛くなるんだって分かると非常に興味を持ってマネキンを使いだすんですけど、ヘッドレスの時代が長かったんで、それしか知らないと、なかなか機会がないと思うんです。そういう所にリアルマネキンの醍醐味っていうのをアピールしていくと、まだまだ行けるような気がするんですけれど。例えば欧米だったら、マネキンを扱ってる百貨店や衣料専門店のVMD(注:ビジュアル・マーチャン・ダイジング)の担当者が、他の百貨店や衣料専門店に引き抜かれたりする業界内の転職が日常茶飯事に行われています。そんな中で、リアルマネキンを使っていたVMD担当者が、アブストラクトしか使わない店に移り以前の経験を活かしてリアルマネキンを使ってみる、すると他のスタッフたちがその良さにはじめて気づくという波及効果がすごくあるんですよね。しかしクリエイターが、簡単に業界内を移動することの無い日本では、我々マネキン屋がもっともっとアピールしていかないと駄目なような気がしますね。

藤井:発信しなきゃ。

岡田:そうですね。良いものを作れば、良い演出をすれば、使いたいっておっしゃるクライアントは一杯おられると思うんです。やはり開発者としては、市場を作り出すくらいの、良いものを作る事を目指してやっていきたいと思いますね。

崎田:マネキンの役割とは、やはり一つに、等身の人体表現としてのアート的な面があって、それプラス、服を映えさせる道具としての一面を持っていると思います。あとは、共感を持つとか、非常にインパクトがあってハッと驚くとか、アイキャッチという役割があると思います。さらには、売り場の人たちを活気づける。店員さんによってはマネキンに名前を付けるわけですよ。着せ付けなんか盛り上がっちゃうのを、肌で感じた時期もあります。ほんとに売り場に活力を与えるような事は楽しみです。私自身やはりリアルマネキンが好きで、その良さっていうのは、華やかで楽しい雰囲気が演出できるし、ファンタスティックな世界観ってあると思うんです。それからさらに、見て非常に落ち着くとか、本当に人の内面へ訴えかけるようなものも、これから求められていくと思いますし、自分自身も作って行きたいなと思っています。

飯島:顔の見えない、顔のない時代が長く続いたんで、顔にこだわって、表情とか仕草で、新しいリアルなのか、抽象か分からないんですけど、とにかく新しいものを作っていきたいなと思ってます。

藤井:動かない顔のどういう要素が面白いと思ってますか?

飯島:この間、抽象マネキンに「表情を入れてくれ」っていう話がありまして、口元とか色々と。それとポーズで、例えばエレガントな、女性らしいフェミニンな動きをもっと抽象に入れてくれという注文なんです。そういうのが、だんだん増えてる感じがします。クライアントも大分と変わってきて、現状に飽きてるんだなって感じを受けるんで、何かちょっと新しいのをやって行きたいと思ってます。

戸崎:僕はマネキンよりまず、人間自体が魅力的になってきたと思うんです。現実の社会では国際化がものすごい勢いで進んでいて、15年20年経てば見た目的にもかっこいい子たちがどんどん増えてくる。一方、去年の『ヴォーグ ニッポン』の「東京からオバサンが消える」で、30代〜50代の女性が自分を綺麗にカッコ良く見せる事に貪欲で、自分の若さや年なりの魅力を出す術を身に付けてきてると。その人たちが選ぶ服を着るマネキンが魅力的じゃないと、マネキンの価値ってないと思うんですよ。それだけ魅力的なマネキンを作るためには、そういう魅力を自分たちが見て受け取らなきゃっていう風に思うんです。今売れるものも大事なんですが、やはりマネキンを作る人間が自分はこれを作りたい、人間の魅力をマネキンとして表現したいっていうのを、どんどんやり続けて行かないと、リアルでも抽象でもマネキンの魅力は出て来ないかな。それをとにかく作り続けたいです。

岡田:マネキンというのは、コーディネートの紹介だけではなくて、一体だけでもドラマチックに、あるいはエキサイティングに効果的にファッションを演出できるもんだと思うんですよ。それはリアルでもアブストラクトでも同じです。特に私はリアルマネキンにずっとこだわって作って来たので、今おっしゃられた内面も非常に大事な要素なんですけれども、リアルっていう人体表現が、既に最も美しいんだと、美しい表現の仕方だし、最も高度な技術も必要だと思うんです。これはメークやヘアも同じだし、作り手側だけでなく、使い手側にも非常に高度で豊富な経験と知識が要求されます。テクニックや感性も必要ですよね。そういったスペシャリストが、寄ってたかって一つの作品を仕上げ、それをさらに演出して見せるという、芸術の域に入り込んでしまっているくらいレベルの高いものだと思うんですよ。ただ、それを認識されてる使い手の方は、非常に少ないと思うんです。もしかしたら、我々の作るものがクライアントを魅了できていないのかもしれないですけど、それ以前にやっぱり、アピールしていく事が必要なんじゃないかなと思う。それには、良いものを作ってそれを確実にクライアントへアピールし、最終的にはリアルをこぞって使ってくれるような市場になって欲しいなと私は思います。マネキン屋としては、それが一番の望みだと思いますね。世の中のマネキンは、リアル表現が一番素晴らしいものだっていう認識の上に市場ができ上がってるような、そんな世の中になって欲しいと僕は思います。

崎田潤

米徳健次

中世古竜一

戸崎雅人

岡田茂樹

飯島克俊

室橋季之

藤井秀雪

冨士崎充

熱い思い入れがあるとかないとかじゃなく、すごい好きで上手くなりたいっていつもそればっかり

中世古:マネキンの役割と存在って、簡単なようで難しいなって思います。先輩方のお話を聞くと、僕が元々思っていた事とは大分違ってたようですけど。基本的にマネキンの役割って、洋服を買うお客さまに対しブランドやアパレルさん側から「こういうのがありますよ」って単純に見せるツールで、それプラス、店舗やウインドーの空間を演出するツールでもあって、役割と存在意義も僕の中ではイコールなんです。マネキンでは、原型師と作家という言い方があると思いますが、原型師は職人的な意識が強く、僕自身あまり作家という認識がないので、現時点ではマネキンを職人的に作るという事で精一杯です。なので物を作るに当たっても最初に優先して考えるのが、お客さまの使い勝手や、それを見る消費者の方に綺麗な洋服をどれだけ提示できるかということで、今の時点では大事にしています。実際は、自分の持っているものを表現したい気持ちは抑えているだけで、持ってはいるんですけれど、理想と現実の中ですごく葛藤がある状態で、いかに自分なりに消化して物を作っていくかというのがこれからのチャレンジです。

室橋:私は、基本的にマネキンは売場のツールとして、ラックと同等だと思います。お店の人が一番旬なデザインの洋服を、入り口とか、目を引くアイポイントに、マネキンなりボディなりで置くんですね。それならば、やっぱり一番旬な商品を綺麗にアピールするのがマネキンであるという事では、今後も一生変わらないと思います。ショップの方が服のデザインにトキメキを感じて、「これいいな〜」「これ是非売りたいな〜」と思う気持ちを大事にする、店のツールとしてのマネキンが求められていると思います。やはりクライアントの立場に立って、その店のシチュエーションを引き立てるのが、マネキンの役割だと考えてます。あとマネキンの将来について、造形から離れ、現実的な話で恐縮ですが、素材のFRPに代わるもので、軽くて弾力があって修理も簡単、改造も簡単、そういったエコロジーに対応して、メンテナンスに手間の掛からない素材が将来求められるかなと思ってます。

冨士崎:原型師としては、今までみたいにマネキンを開発して「こういうのがあるから使ってください」と提供するのではなく、例えば、これからはクライアントとパートナーシップをとって開発を進めるなど、自分たちも絶対的に、色んな市場を見ないと答えが出ないと思います。クライアントの言ってる事が分からないじゃ通用しない世の中になってきていると思います。その上で僕自身も、今までの先輩の血を引き継いで、何か自分らしさが出せればいいかなって思います。熱い思い入れがあるとかないとかじゃなく、すごい好きで上手くなりたいっていつもそればっかり思ってやってるので。マネキンって、やっぱり絶対的なウソなんですよ。モデルさんや本当の人間には絶対かなわないし、デフォルメもしてるし。どうせウソをつくんだった ら、上手くだましたいなって思ってます。

米徳:マネキンの役割や存在って、お客さまを店に引き込むためのアイテムだと思うんですよ。ですから八百屋のお兄さんが「いらっしゃい、いらっしゃい」とか、『ケンタッキー』のカーネル・サンダースとかに代表される勧告の物だと思ってます。これからどうなっていくんだっていう問題に対しては、今までマネキンというのは、世代で分けた構成で作られてきてたと思うんですけど、これからは、服がすごく個性を持って来てますので、ファッションジャンルで分けたマネキンが活かされていくと思っています。実際、あるお店に行くと、若い方からお年を召した方まで、同じ趣向の方がお店に集まる傾向が増えてきてますので、世代ではなくジャンルに合った仕草とかを表現できるマネキンを、今後自分たちが作っていかなきゃいけないと思います。その中でチャレンジしたいのは、中国を中心としたアジア市場がこれから大きく成長していきます。そういった新たな文化も感性も違う市場に向けて、自分達が何を提案できるのか、見本となれるのか、という事に取り組んでいけたらと思います。

藤井:今日のお話で、私が感じる事として、一番重要なのは進化への感覚。これは形状だけじゃなくて、人々の中にある見えない身体感覚。これからのマネキンにとって、非常に重要な要素じゃないだろうかと思っています。身体感覚から出たものは、身体感覚で受け止めるものなんですね。マネキンも、そのうち人間が求める見えない物に近づくんであろうと。この時代に遅れを取る事なく、どんどん提案をして正しいビジョンを示していくという事が大事だと。それには、厳しい荒波の中に入って戦おうという気持ちを、我々は大切にしていかなきゃいけないなと、お話を聞いて率直に抱いた感想で、ある意味非常に心強く感じた次第です。皆さん、ありがとうございました。